井内誠司の学界時評

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zoom RSS 『日本の古代国家』はいかに時代と切り結んだか、又は切り結ばなかったか24ー共産党綱領との関係・5

<<   作成日時 : 2017/07/12 11:32   >>

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前項の続き)

1.古代国家論への転換

(14)石母田古代国家論と共産党61年綱領(5)−61年綱領と石母田古代国家論・3−


 次に、石母田の共産党への学問への批判・介入の「権利」の承認の前提の中の
(E)党執行部への高評価
について。

 石母田が自らの「生命」とも言える学問の、言わば生殺与奪の権を党執行部に委ねた以上、執行部をその任に堪える存在と認識・評価していたことは確実である。

 では、それは何故であろうか。

 本項ではこの問題を考えるが、まず、考察の前提として
当時の知識人の日本共産党執行部・メンバーについての認識の一般的傾向
を概観しておこう。

 敗戦直後の40年代後半から50年代において、知識人(及び「大衆」)の中で共産党執行部が高い権威を持っていたことはすでに指摘されている(以下、小熊ー2002、183頁以下)。

 その根拠を整理すると、大きく
(1)彼らが獄中非転向という超人的行為を貫徹したこと
(2)「科学的知見」に基づいて敗戦を予測し、行動していたと見られたこと
の2点であり、最大の前提は
(ア)「無謀な戦争への突入を許し、悲惨な敗戦を招いてしまったこと」への「悔恨」
就中
(イ)「戦争への抗議を公言する勇気を欠いていた」ことへの悔恨
とされる。

 以上を踏まえて
石母田の党執行部についての基本的な認識
を検討しよう。

 とはいえ、石母田の論考には党執行部のメンバーについての直接的な言及は見られず、関連する記述からの推測が基本的手法となる。
 
 まず、基本的前提とみられるのは
(a)プロレタリアートに対する認識・高評価
である。

 石母田ー1952−1(以下、引用は264〜5頁)によればプロレタリアート階級・労働者階級の基本的特質は
「歴史が民族に提起するもっとも深刻な問題を、それがいかに困難であろうと、絶対に回避しないこと」(「原文」は「回避しないこと」に傍点)
「あたえられた運命(歴史の本質)と真正面から取り組み、一切の幻想や表面的なもので自分をごまかさないこと」
にある。

 上記の「権利」との関係で重要と思われるのは、
かかる特質ゆえに、プロレタリアートは本質的に学問の創造性を豊かに発展させる存在
と認識されていることである。

 前項で述べたように、石母田はプロレタリアートの段階においては、「大衆」が参加する形で「両者(引用者註、政治と学問)が内面的に結合し得る」と考えている。

 この場合、一部の天才のみによって、かかる「結合」が行われていた段階と異なり*1)、政治的課題への対応が学問の必然的課題となる。

 このような石母田の認識に対し、かかる学問のあり方はブルジョア段階同様の「実用主義」ではないかとの疑問が呈された。
 
 この見解に対し、石母田はプロレタリアートにおける学問の政治的課題への対応も
「一種の実用主義といえばいえる。」
とした上で、
「ブルジョア的実用主義は学問の退化をもたらすのに対し」
「われわれの実用主義は学問の創造性を発揮させる」
との認識を示す*2)。

 その基本的根拠が前記のプロレタリアートの基本的特質である。

 前記の特質を持つプロレタリアートが政治に取り組めば、その取り組みは「革命的」となるが、政治は
「革命的であればあるほど、それは学問に真実と客観性と具体性を要求してやまない」
のであり、したがって、プロレタリアートの段階の学問の政治的課題への対応は
「学問をして新しい発見をつぎつぎに行わせ、その創造性と真実性(=具体性)を高める」
ことになるとされる。

 党執行部はかかるプロレタリアートの代表であり、当然ながら一般のプロレタリアート以上に「学問の創造性を発揮させる」存在と認識されているとみられる。

 石母田においては、階級的特質がその存在の本質を規定する条件とみなされていると見られ、上記のプロレタリアートについての認識は、執行部への上記の「権利」承認の基本的前提になっていると考えられる。

 次に
(b)闘争・「実践活動」についての認識
が挙げられる。

 この点は、前項で述べた
(D)社会主義建設における実践活動の苛烈さの認識
とも関わる。

 社会主義革命に限らず「社会変革」にむけての実践活動が、とりわけ権力に対する闘争に転化した場合に過酷なものとなることは、一般的に言えることであろう。

 石母田は、
かかる過酷な闘争を人格・英知を磨くもの
と認識していた。

 このような認識は例えば、
石母田ー1952ー2に見える「中国民族」認識
に見え、ここでは100年にわたる反帝国主義闘争によって、「中国民族」は
「聡明と、高潔と、謙遜」(47頁)
を身につけたとされる(詳しくは後述)。

 ただし、闘争が直ちにこのような「成果」に結びつくのではなく、学問・科学と「結合」することによってそれが可能となる。

 当時の日本において、このような過酷な「科学的闘争」を戦い抜いたのが党執行部のメンバーと認識されていたのは、前述の(1)・(2)に明らかである。

 そして、執行部メンバーがこのような人格・英知を備えていると認識されれば、それは上記の「権利」を有する有力な条件の一つとなろう。

 以上の
(a)・(b)に基づく(E)党執行部への高評価は彼らに上記の「権利」を認める根拠の一つとなった
と考えられる。

(この項、続く)
  



*1)石母田ー1950によれば、かかる「結合」が一部の天才のみによって行われるブルジョア以前の段階においては、学問や思想は(かかる天才を失った)「民族」が頽廃・没落する「危機的時代の所産」であり、頽廃性・観想性を基本的特質とするとされる(233頁以降)。

*2)石母田の基本的認識を示すために、引用は若干、原文を改変している。正確な原文は「それならばなぜブルジョア的実用主義は学問の退化をもたらすのに、われわれの実用主義は学問の創造性を発揮させるのか」である。


〈参考文献〉

・石母田正「歴史学の方法についての感想」(『歴史と民族の発見』平凡社、2002年〔本書の初出は1952年。表3ーbW4〕。初出は1950年。表3ーbU6・71)。

・石母田正「追記」(上掲『歴史と民族の発見』。上記「歴史学の方法についての感想」の追記。1952年)

・石母田正「危機における歴史学の課題」(上掲『歴史と民族の発見』。1952年)

・小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社、2002年)





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