井内誠司の学界時評

アクセスカウンタ

zoom RSS 新指導要領「聖徳太子」復活ー歴史・日本社会・「右翼」・古代史学界ー

<<   作成日時 : 2017/03/25 15:18   >>

面白い ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 0

 「『日本の古代国家』はいかに時代と切り結んだか、又は切り結ばなかったか」を続けているが、ちょっと中断。

 急を要する話題が生じたからで、それが
新指導要領に「聖徳太子」が復活する
という話である。

 中学から「厩戸皇子」の表記が基本になる予定で「聖徳太子」は注記される予定だった(ちなみに「聖徳太子」の表記が消えるという『産経新聞』の主張は「嘘」で悪質な印象操作である)。

 しかし、批判が殺到し「聖徳太子」が基本となることになった(http://www.asahi.com/articles/ASK3L72LNK3LUTIL026.html)。

 理由については
「小中学校で表記が異なると分かりにくい」
ことなどが挙げられている。

 まず、
従来、「聖徳太子」とされた人物を「厩戸皇子」と呼ぶことが歴史学的に正当である
ことは論を俟たない。

 「聖徳太子」は後世(初見8世紀)の呼称であり、この人物は「聖徳太子」として生きたことはないからである。

 歴史学の第一義的目的は対象となる「歴史的世界」の復元であって、6世紀末〜7世紀前半の倭を代表する人物の一人であったこの人物の呼称も可能な限り、当時の呼称に従うのが正しい。

 とすれば、現在の研究段階では「厩戸皇子」が相応しいと言える。

 『産経新聞』の
「太子への信仰が広く定着していった」から「厩戸皇子」は不当だとの主張
や国会議員(民進党・笠浩史)の
「歴史への冒涜」などという批判
はそれこそ「歴史」を知らぬものの弁である。

 ちなみに、前者が述べる「太子信仰」は「聖徳太子」の呼称とは切り離し、後世の信仰の問題として追究すべきで、意義は存在するものの「聖徳太子」表記の正当性の根拠にはならない。

 にもかかわらず「聖徳太子」が復活した理由は上記の通りとされているが、
この理由付けは明らかに嘘
である。

 小中学校の表記が別になると分かりにくいなら、小学校から「厩戸皇子」にすればよい話だし、「元寇」より「モンゴル襲来」の方が分かりやすいはずだが、こちらは前者が復活している。

 「鎖国」についても「開国」の意義が分かりにくいとの理由で復活しているが、「鎖国」という認識が江戸後期から広まったことを教えればよい話である。

 既に、今回の改訂については上記のように「保守派」の新聞や政治家が攻撃しており、文科省がこれに屈したのであろう。

 「元寇」や「鎖国」の復活を考えれば、この攻撃はおそらく
「『左翼』の歴史教育への介入を許さない」
という、歴史的事実も歴史教育の意義も、そして生徒の学ぶ権利をも無視した、
彼らのヒステリックで観念的な「イデオロギー闘争」
と考えられる。

 しかし、より問題にしたいのは
この問題についての日本社会・「市民」の認識
である。

 この問題については報道当初から、安倍政権・「保守派」に批判的な「市民」からも
「今更、『厩戸皇子』に変えなくてもいいじゃないか」
「昔から『聖徳太子』だった」
という声が聞かれた。

 これは「復活」決定後も同様である。

 ここに欠落しているのは
「『歴史を学ぶ』とはどういうことか」
そして、
「古代の歴史を知りたいと思えば、『聖徳太子』『厩戸皇子』のどちらが正当なのか」
という認識・問いかけである。

 恐らく、これが政治・外交問題になっている「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」であれば反応が違うのであろうが、古代史はその種の問題になりにくいだけに、
この国における「歴史」への認識の軽さ
が露呈するのであろう。

 しかし、それこそが
現代における「右翼」台頭の土壌の一つ
ではないのか。

 実際、『日本会議の研究』の著者・菅野完は日本会議が世に知られぬまま国政にさえ大きな影響力を及ぼしえる勢力を得た原因を
「女子ども」の問題の反対闘争を続けてきたこと
に求めている(「なぜメディアは日本会議を報道してこなかったのか」)。

 日本会議は以前、大日本帝国憲法の復活を掲げていた(現在は方針転換*1))「生長の家」の創始者の思想を原点とする「カルト団体」ともされる。

 しかし、「女子ども」の問題は掘り下げて報道されないので、こういう団体の関与は報道されない。

 加えて「女子どもは黙ってろ」と内心、思っている男性が多いので、支持者が増えるという仕組みである。

 安倍政権を日本会議の傀儡の如く言うのはどうかと思うが、国会議員・閣僚に関係者も多く「右翼」の巨大団体であることは確かである。

 その勢力拡大が社会の「右傾化」を考えるうえで示唆に富むことは確かであろう。

 そして、歴史教育はまさしく「女子ども」の問題である(直接には「子ども」の問題だが、その責任は一義的には母親である女性が負うのが一般的である)。

 とすれば、今回の「聖徳太子」が前面に出た新指導要領攻撃は「右翼」台頭の典型的パターンではないのか。

 実際、今回の攻撃の目的が「左翼」の歴史教育への影響の排除にあると見られることは前記の通りで、とすれば「右翼」による歴史教育の「占拠」につながる可能性がある。

 園児に教育勅語を暗唱させるような幼稚園の出現を見れば、上記の想定が杞憂とは思われない(ちなみに教育勅語を復活させる時は「分かりにくさ」など基本的に考慮されないだろう)。

 にもかかわらず、「市民」の反応が上記のようなものであることは
「右翼」「保守派」台頭の土壌が奈辺にあるかの一端を如実に示している
と思うのである。

 さて、
古代史学界・古代史研究者はこの問題をどのように認識しどう反応する
のであろうか。

 個人的な予想を述べれば、古代史研究者が広く危機感を持つ可能性は少ないのではなかろうか。

 「やっぱり、厩戸皇子じゃ分かりにくいかなぁ」というところが一般的な反応のように思われる。

 筑波大学の学生アンケートでは軍事研究への賛成意見が反対意見を上回ったらしいが(「(社説)大学と軍事 若手にも考えてほしい」)、古代史研究者も大きく認識が変わるわけではない。

 私が院生時代(90年代)に接した、教科書執筆経験のある古代史研究者は「現場の反対が大きくて、なかなか新研究の成果を教科書に盛り込めない」と淡々と述べていたが、現在でもこういう現状認識が基本的には継承されているのではないかと推測される。

 しかし、だとすればこの国に
本来の意味の歴史的思考
それに基づき現代を豊かにみる視点
を根付かせることは難しいだろう。

 最後に本ブログとの関係を述べておけば、今回の問題は
歴史の専門研究の現状と「大衆」の認識(とりわけ「歴史」に対する認識)との「かい離」の問題
である。

 前々項で述べたように、すべての責を石母田や『日本の古代国家』に帰すことはできないものの、前項前々項で述べたような石母田古代国家論・『日本の古代国家』と「大衆」との「かい離」と無関係ではあり得ない。

 古代史研究における『日本の古代国家』の位置を考えれば、現在の日本の「保守化」・「右傾化」を考える上でも看過し得る問題ではないだろう。

 引き続き、分析していくつもりである。



*1)「今夏の参議院選挙に対する生長の家の方針」参照

 

 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 11
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
新指導要領「聖徳太子」復活ー歴史・日本社会・「右翼」・古代史学界ー 井内誠司の学界時評/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる