ある女性研究者の自死と学界ー学界の責任は?-

 年頭の前項で「本年は何とか、ブログを更新できるように頑張ります。」と書いたが、何ら更新しないまま1年の3分の1以上が経過してしまった。

 しかし、今回はブログを更新する。

 あまりにも悲劇的な事件が報道されたからである。

 この件については報道に接した翌日にFBで感想めいたものを書いたのだが、より整理した考えをブログの方に残しておこう。

 4月18日付『朝日新聞』朝刊に
「気鋭の研究者、努力の果てに」
との記事が掲載された(33面)。

 若くして多大な成果を挙げた女性研究者が20以上の大学の公募に落ち、研究職に就職できず、自死したという。

 実際には自死の原因にはプライベートな問題もあるようなのだが(「それしても、なぜ?」)、就職できていればこんな悲劇は起こらなかったのだろう。

 そういう意味では、この記事が指摘しているように、根本的問題は博士ばかり量産してポストは増やさない「大学改革」にあることは当然である。

 その上で、指摘したいのは
「学界の責任はないのか?」
ということである。

 尤も、この問題に関しては亡くなった女性研究者のご両親が編んだ本もあるようだが、私はまったく読んでいない。

 また日本思想史学界の状況も全く分からない。

 というわけで、詳しい事情は不案内の極みなのだが、こういう真摯な努力を重ねてきた人を守れなかった世界に問題がないわけがないだろう。

 早い話、「こういう世界にいれば、いつ身が破滅するか、分からない」という状況のはずである。

 以下は、この一片の記事と私自身の個人的体験に基づくものに過ぎないが、学界の在り方を考える上で、一定の意義はあるものと思う。

 記事によれば、この研究者の父は
「(この研究者は)今日の大学が求めているのは知性ではない」ことを知っていた
という。

 故人の努力や人生を否定するつもりは全くないが、すでに学界を離れている私などは当然、次の疑問がわく。

 すなわち、
「なぜ、知性を要求されていない大学(のみならず研究職)への就職に、そこまでこだわったのか
という疑問である。

 前述のように詳細は全く不明だが、一般的に考えれば当然、次のような理由が想定される。

 つまり
「『研究者』と言えば『大学教授』」という認識
である。

 一般にはまだまだこういう認識が強いのではなかろうか。

 古代史学界においては、少なくとも私が大学院にいた90年代後半頃までは同様で、某教授(非常勤なので他大学の人だったが)には「博士課程に進んだら、石にかじりついても研究職(大学教員が主)に就け!!」と発破をかけられた。

 この点は私の(元?←笑い)指導教授も同様でとにかく研究職の公募が来ると、やたらと応募するように言われた。

 「とにかく履歴書を書きまくれ!」というわけなのだが、これは指導教授の個人的体験が大きく影響しているようだった。

 ゼミの最中にポツンとつぶやかれたのが「僕が就職したのは32歳だよ」という言葉である。

 教え子には出来るなら自分と同じ苦労はさせたくないという気持ちだったらしく、「善い人」「悪い人」の二分法で言えば「善い人」に入るだろう(ただし、癖はあったが)。

 仮に思想史学界がこういう認識のままであれば、当然ながら「やっぱり大学に就職しなきゃ」という認識に若い研究者はなるだろう。

 しかし、「大学改革」以後、20年以上経っているのに、もしこんな認識が罷り通っているとしたら、こういう悲劇が起こるのはほぼ必然である。

 また仮に何かの取り組みがあったとしても、こういう悲劇が起こったということはこの認識が克服しきれていないということだろう。

 実際、この研究者は「好きなことを見つけ、人並み以上に努力していれば、お金持ちにはなれないまでも、生きていくことはできる」という両親の価値観を共有していたという。

 どうも
「『好きなことを見つけ』ることも『人並み以上に努力』することも大事だが、(特に研究の世界では)それだけでは生きていけない」
という認識はなかったようである。

 記事中のコメントでは「研究職だけが選択肢ではない」と欧米の論文誌が強調していることが指摘されているが、指導教授(かの方面では大家らしいが)は何をしていたのだろうか。

 そして、そもそも根本的問題と思わざるを得ないのは
「大学改革」に学界としてどう対抗するのかをきちんと考えていたのか
ということである。

 例えば、この研究者は「年に論文2本、学界発表4本」をノルマにしたと言う。

 この研鑽の結果、「日本学士院学術奨励賞」を受賞したらしく、多大な成果につながったのだが、基本的には過酷なノルマであろう。

 そして、前述のようにこの努力は就職にはつながらなかったわけだし、しかも上記の賞は就職にはマイナスだったと言う(「それにしても、なぜ?(3)」)。

 長い目で見れば、過酷なノルマをクリアした挙句に何ら対価がなかったわけだから、総体的にはダメージの方が大きかったのではなかろうか。

 そして、根本的な問題だが、これは本当の「研究」と言えるのか。

 そもそも、論文や学界発表とは「ノルマ」にするものではないだろう。

 これらは、本来は研究者が究明すべきテーマを見つけ、その究明に執筆や報告への取り組みが適切である場合に行うべきことではないのか?

 もちろん、これは「理想」であって「大学改革」以前でもこの通りに行われてきたわけではない。

 しかし、国家が「大学改革」で学問を滅ぼそうとしている時代に、学問・研究を守ろうと思えば、まず前提になるのは
本来の「学問」「研究」とは何か?
であろう。

 この点の認識がなければ、部分的な成果は挙がっても学問全体は衰退していくのではなかろうか。

 この研究者はその高い能力ゆえに多大な成果を挙げたわけだが、人を守る上でも学問を守る上でも本当に適切な研究生活だったのだろうか。

 仮に適切ではなかったとしたら(結果からみればそう思わざるを得ないのだが)、周りが止めるべきだったのではないか。

 いずれにせよ、今回の件は
「大学改革」の前には研究者も学問も滅亡しかねない
ということを示している。

 学界の対応や責任も問われざるを得ないのではないだろうか。
 
(この項、終わり) 
 

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